デス・オーバチュア
第273話(エピローグ2)「遁走曲(フーガ)の終わり」



私が五歳か、六歳の頃だった。
あの男がガルディアにやってきたのは……。

デミウル、錬金術師を自称するその男はアッという間にガルディア皇家の中枢にまで入り込んだ。
そして、女皇に気に入られ、元々ガルディアには存在しなかった宰相のような地位を得るにまで至る。
末姫であるイリーナが生まれたのは、丁度その頃だった。


それから約十年後、突然の女皇崩御。
後を追うようにアイナが仮死の眠りにつき、彼女の恋人だったフォートランも姿を消した。
十三騎達は女皇の『支配』から解き放たれ、ガルディアはいつ『内戦』に勃発してもおかしくない状態へと陥る。
当時の私では十三騎を束ねるだけの『力』はまだなく、それ以前に女皇になる気などさらさらなかった。
私の心を占めていたのは、自国への失望と『外』への興味。
だから私は、『遁走』することに決めた。


なんとか中央大陸にまで逃げ延びたものの、そこで追っ手に追いつかれた。
その時である、『彼』が颯爽と現れたのは……。
金髪の青年は頼んでもいないのに勝手に追っ手を瞬殺した。
逃げ疲れていた私は青年にお持ち帰りされてしまう。
その夜、私は恋を知るよりも早く、男を知った。

肌を……胸の青い薔薇の刻印を見られた以上、掟に従いこの男を殺すか、愛さなければならない。
私は後者を選ぶことにした。
理由ならいくらでも思いつく、強すぎて殺せそうにない? かったるい? 面倒臭い? その方が面白そう?……等々。
でも一番の理由は……掟など関係なく、私はすでにこの男を愛していたからだ。
愚かにも程がある、C(性交渉)から始まる恋もある? そこ(男)に愛などないと解りきっているのに……。
私は勝手に永遠の愛(片想い)を誓った。



「なるほど、つまり、苦手な叔母上から逃げてきたと……?」
「別に苦手なわけじゃない、馬が合わないだけだ……」
リーヴはルーファスとテーブルを挟んで向き合い、眠そうな目で珈琲(コーヒー)を飲んでいた。
紅茶ではなく珈琲を飲んでいるのは眠気覚ましのためである。
早朝、突然やってきたルーファスに叩き起こされ、メイル・シーラの修理を強制された。
眠い目を擦りながら、先程やっと修理が終わったところである。
「まあ、あくまでその体だけのこととはいえ、オムツの世話から筆下ろしまでしてもらった相手(女)というのは……苦手にもなろう……ふぁ〜……」
リーヴは眠そうに欠伸をした。
「ほっとけ……用は済んだからもう寝ていいぞ」
「用が済めばポイか? つれないを通り越し非道い男だ……」
「ああん? 何をいまさら……」
ルーファスは寝惚けたこと言うなよといった表情を浮かべる。
「ギブアンドテイク、等価交換……つまり代価を払えと言っているのだ。無理矢理叩き起こされた上に、超速で仕上げさせられたのだからな……」
「ああ、金か?」
「いや、金には困っていない……」
「じゃあ、無料でいいだろうが?」
「ああ、材料費などはいつものように無料でいい……だが、迷惑料はしっかりと払ってもらうぞ……体でな……」
リーヴは悪戯っぽく微笑うと、服をはだけさせた。



時間は少し遡る。
メイル・シーラのお披露目にルーファスの元を訪れたリーヴは、女王マリエンヌの勧めもあってそのままクリア国にしばらく滞在していた。
だが、やがてルーファスが極東に行ってしまうと、流石に滞在を続ける理由もなくなってしまう。
そんなわけでリーヴは今、帰り道であるクリアレイクへの山道を歩いていた。
クリアレイクこそ、浮遊島であるクリア国から地上へと繋がる正当なワープゲート(転移門)なのである。
「…………」
湖の前に先客が居た。
深紅のチュニック(膝下まであるゆるやかなワンピース。腰の辺りでベルトをしめている)を纏った毒々しい赤紫の長髪の少女。
少女はしくしくと泣きながら湖で洗濯をしていた。
洗っているのは血のように真っ赤な衣。
衣に僅かに白い部分が見えることと、周囲の水が赤く染まっていくことから、元は白衣だったことが伺えた。
「…………」
リーヴは、洗濯を続けている少女の背後を通り過ぎようとする。
「無視して行ってしまうの? 哀しいわね」
少女が背後を振り返ることなく、リーヴに声をかけた。
「……用があるならそちらから話かけろ。私は貴様に用がないのだから、無視も何もあるまい……」
リーヴは立ち止まると、欠片の愛想もなくそう告げる。
「この白衣に見覚えないの? こっちの方が解りやすかったかしら……?」
いつの間にか、少女の洗っている物が衣から剣に変わっていた。
空の青さを固めたような、青一色の両刃剣。
「私の服の次は剣か……何がしたいんだ、貴様?」
青い剣は大量の血で穢れてこそいたが、間違いなくリーヴの所有する神剣『天空剣(スカイバスター)』だった。
「死の宣告〜♪」
少女は座り込んだままクルリと180度回転する。
「…………」
「フッフッフッ……」
リーヴと少女の目が合う、少女は髪と同じ毒々しい赤紫の瞳をしていた。
「こういう伝承を聞いたこと無い? 少女が小川の浅瀬で、血に汚れた戦士達の武具や防具を泣きながら洗っている。それが自分の物だと近いうちに死が訪れる……」
「ここは小川ではなく湖だ……バンシー(泣き女)……」
「あら、博識なのね。ええ、確かにわたしはバンシーの前身たる存在……」
少女はとても楽しそうに悪戯っぽく嗤う。
「大分感じが違うが……前にも一度会ったな、『赤い鴉』?」
「えっ……?」
リーヴの言葉に、少女が鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。
「……凄い、よく解ったわね。というか、あなた初めて会った時、寝惚けていなかった?」
髪形、衣服、口調、性格と全てが違う今の自分をマハだと見抜かれるとは、それ以前にこの人形師は自分のことなど覚えてもないと思っていたのに……物凄く意外である。
「ああ、あの時は眠かったな……」
「本当に驚いたわ。でもね、正確にはわたしはマハであってマハではないの……」
赤い鴉は、矛盾しているというか、謎かけのようなことを口にした。
「わたしの名はバウヴ、死を予告する女神。あなたが以前出会ったマハとは同体の異相……まあ、人間風に例えるなら双子の姉ってところかしら?」
「多重人格? 解離性同一性障害?」
「そんな人間の病気と一緒にしないで。最初はちゃんとわたしはわたしで個別に存在してたんだから……ただ単に、マハと混ざっちゃったというか、吸収されちゃったのよ、生まれる前にね……」
バウヴは自嘲的に笑う。
「最初というのは胎児のことか? 双子の胎児の片方が吸収されて一人として生まれてくる……以前、そんな話を先生に聞いたことがある……」
「まあ、人間に例えるならそんなところね。ただ、わたし達女神の場合もっと複雑なのよ。戦場の鴉(バウヴ・カハ)自体が三位一体というか三相一体の存在だしね」
彼女の言っていることは意味不明という程ではないが、かなり解りづらかった。
「三相……?」
三位一体の方はなんとなく解るが、三相一体という言葉には覚えがない。
「わたしもマハもネヴァンも所詮モリガンの別の顔に過ぎないって意味よ」
自嘲は深まり、自虐の笑みと化していた。
「同一存在……?」
「お喋りがすぎたわね。あなたにとってわたしはただの予言者……それ以上でもそれ以下でもない……」
パウヴはもうこれ以上自分……自分達のことを話す気はないと意思表示する。
「では、お節介な予言者よ……神託でも頂こうか?」
リーヴは冷たく微笑い、先を促した。
「あなたはガルディアの祭りで120%死ぬ……以上よ」
「……これはまたシンプルだな……しかも100%を超えているとは……」
「未来は一つじゃない。現在から視れば無数の可能性が拡がっている……」
「……未来は自分の力で切り開く!……というやつか?」
からかうようなリーヴの物言いに、パウヴは真顔で頷く。
「でも、あなたが生き残る可能性(未来)はどこにも存在しない。あなたが選べるのは死に様だけよ……」
「そうか……」
リーヴはパウヴの神託(断言)を否定も反論もせず静かに受け入れた。
「神託は確かに受けとった……わざわざ授けに来てくれたことには礼を言おう。ではな……」
話は終わったとばかりに、リーヴは歩き出す。
「あなたは足掻く気が……運命に抗う気がまるでない……だから『希望』がないのよ……」
「そうかもな……ああ、一つ聞き忘れた」
「何? 誰に殺される可能性が高いかでも聞きたいの……?」
「……に……貰える……か?」
掠れるような小声で、予言者に一つだけ質問をした。
「……ええ、どの未来でもその願いなら……叶うわ……」
パウヴは呆れたように嘆息すると、諦めたような眼差しをリーヴの背中に向ける。
「そうか、それならいい」
リーヴはとても満足そうな笑顔を浮かべると、湖の中へと飛び込んで消えた。



ルーファスから代価をたっぷりと搾り取った、数日後。
リーヴの姿はホワイトからさらに北、中央大陸の最北の地にあった。
中央大陸最北の地、そこは季節に関係なく常に雪で閉ざされている。
この小さな雪原は、表向きはホワイトの領土だが、実際は中央大陸で唯一『ガルディア皇国』の支配下にある地なのだ。
支配下にあると言っても、別にこの雪原には街どころか村さえなく、ガルディアの民が住んでいるわけでもない。
ここにあるのは無人の『駅』だけだ。
互いに鎖国しているはずの北方大陸と中央大陸を『繋ぐ』氷の線路。
利用者など年に一人あるかないかだというのに、一日と休むことなく『汽車』が鉄道ならぬ氷道を走り続けているのだ。
「このドレス〜引き裂いて〜♪」
静まりかえった雪の世界に心地よい歌声が響いてくる。
「抱かれたい〜めちゃくちゃにぃぃ〜♪」
「アイナ!?」
ガルディアで氷漬けになっているはずの妹が、駅のベンチに座っていた。
「牙のな……あ、リーヴちゃん」
アイナはリーヴに気づくと、ベンチから立ち上がる。
彼女の左肩には一羽の鴉が留まっていた。
「姉をちゃん付けするなといつも言っているだろう、アイナ……」
「あ、ごめんなさい、久しぶりだから忘れていたですよ、リーヴ姉さん〜♪」
アイナは姉に会えた嬉しさを示すように、とても明るい笑顔を浮かべる。
「なぜお前が……いや、聞く必要ないか……」
先程はあまりにも突然で予想外な登場だったので吃驚したが、別にアイナがこの時期に活動していることは不思議ではなかった。
約二年前、余命一ヶ月だった妹は、近い将来起こるであろう『祭り』に参加するとために、『眠り』についたのだから……。
「ところで、姉さん、ガルディアに行っちゃ駄目ですよ」
「ん?」
「行ったら姉さん死んじゃいます。ここで引き返すべきですよ」
楽しそうにはしゃいだ感じから一転、静かに真面目な感じでアイナは言った。
「誰に聞いた……?」
「この黒い鴉さんが教えてくれました……私への死の宣告のついでに……」
アイナがそっと左手を差し出すと、肩の上に留まっていた鴉が掌の上に飛び移る。
「そうですよね、鴉さん?」
『…………』
鴉はしばらくアイナと見つめ合った後、小さくコクンッと頷いた。
「…………」
アイナが軽く左手を掲げると、鴉は役目は終えたとばかりに遠くの空へと飛び去っていく。
「どうも私達は余程死臭がするらしい……あんな不吉な鴉共につきまとわれるとはな……」
「うふふ、『カラスが鳴くと人が死ぬ』とかいいますし……鴉さん達は死体を見つけるのがお上手です」
「まあ、私の屍肉が啄みたいのなら好きにするがいいさ……」
屍肉を啄む鴉達のことなどリーヴの眼中にはなかった。
「ではな、アイナ……それとも一緒に行くか?」
「やっぱり止めるだけ無駄だったみたいですね……」
アイナは諦めたように力無く笑う。
「私を止めたいのなら力ずくで止めるのだな……」
リーヴは挑発するように微笑った。
「姉さんと戦って力尽きる(燃え尽きる)か……それも悪くないですね〜」
アイナはベンチの上に置かれていた冬薔薇姫(長刀)を左手で拾うと、親指で柄を鞘から僅かにズラし氷のように透き通った刃を覗かせる。
「ふん」
鼻で笑うと、リーヴは左手に持っていた黒い大きなスーツケース(旅行用鞄)をかざした。
「…………」
「…………」
暫しの無言の見つめ合いの後、アイナの方が刃を鞘へと収める。
「うふふっ、非道いです、姉さん……『そんなもの』で相手するなんて……」
「…………」
「私はただ死にたいんじゃない……戦いの中で全ての力を使い尽くして、命を燃やし尽くして、死にたいんです! そんなもので適当にあしらわれるのはゴメンです!」
アイナはそっぽを向くようにして、そのまま姉に背中を向けた。
「悪いな、アイナ……私の相手はお前ではないんだ……」
「…………」
「だが、祭りの際に出会ったなら、お前は立派な私の障害(立ちはだかる者)だ。その時はちゃんと私自身の手で全力で葬ってやろう……」
「約束ですよ、姉さん? 嘘付いたら例えでなく本当に針千本ぐらい飲ませちゃいますよ……」
「ああ、安心しろ、私は妹との約束は破ったことが無い」
「ほら、もう嘘つきました。姉さんは私ともイリーナちゃんとも、一度だって約束なんてしたことないくせに〜」
クルリと振り返ったアイナの顔は笑っている。
「嘘ではない。約束したことがないのだから破りようがあるまい…」
リーヴは悪びれもせずにぬけぬけと言った。
「じゃあ、可愛い妹との初めての約束は破るんですか? 破らないんですか?」
「破ったら千と言わず、千億の刃をこの身で受けて詫びよう……」
「それってイリーナちゃんの……よく解りました……」
アイナは再び姉に背中を向ける。
「さよならです、姉さん……私はもう少しここ(中央大陸)で遊んでから、そちら(北方大陸)に行きます……」
「それがいい、期日ギリギリまでここで想い出を作れ……思い残すことがないようにやれることは全てやってしまうといい……」
「姉さんは……未練とか無いんですか?」
「……無いな。自由は存分に謳歌した……好きな男にも思いっきり抱かれた……後はあの時放棄した責任をとって死ぬだけだ……」
「本気で言ってるから姉さんは怖いです……それにイリーナちゃんがちょっと羨ましい……」
「悪いな、お前までは手が回らん……」
「いいですよ〜だ。私は私で殺してくれる人(素敵な人)を見つけるから……」
「そうか……」
「では、姉さん、お元気で〜」
「お前も達者でな」
二人の皇女は互いに反対の方向へと歩きだした。













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一言感想板
一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。



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